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2008年03月08日

第58代から第60代まで内閣総理大臣です。

覚えておきましょう!

池田 勇人(いけだ はやと、1899年(明治32年)12月3日 - 1965年(昭和40年)8月13日)は、日本の大蔵官僚、政治家。第58代から第60代まで内閣総理大臣を勤めた。正二位大勲位。19世紀生まれの最後の首相である。

佐藤栄作と並び吉田学校の双璧であり、吉田茂の最側近として、連合国との講和、冷戦下における日米関係の構築にかかわると同時に、戦後日本経済の再編成においても指導的な役割を担い、首相就任後は所得倍増計画を打ち出して、日本の高度経済成長の進展にもっとも大きな役割を果たした政治家の一人。

野田卯一、福田赳夫と共に、「大蔵省の3田」と呼ばれる。なお、大蔵省では、京大出身者初の局長(主税局長)経験者であり、2006年7月に藤井秀人が主計局長より昇格するまでは、唯一の大蔵事務次官経験者であった。

池田勇人の語録には、後世に歴史的失言として記憶されているものや、当時の流行語にまでなった有名な発言などが多い。

貧乏人は麦を食え
第三次吉田内閣で吉田は一年生議員の池田を大蔵大臣に抜擢して世間を驚かせたが、池田は有能な大蔵官僚であっても政治家としては駆け出しで、発言に脇の甘さが目立った。1950年12月7日の参議院予算委員会で社会党の木村禧八郎議員が高騰する生産者米価に対する蔵相の所見をただした。この質疑応答を池田は「所得に応じて、所得の少い人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副つたほうへ持つて行きたいというのが、私の念願であります」と締めくくったが、これが吉田政権に対して厳しい態度を取っていた新聞を刺激した。翌日の朝刊は「貧乏人は麦を食え」という見出しで池田の発言を紹介、これが池田自身の発言として伝わり、各方面から強い批判を受けることになった。
(以上、ウィキペディアより引用)

貧乏人は麦を食えかぁ?。

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2008年01月23日

ああ播磨灘について知る事は重要です

ああ播磨灘について皆さんはどうお考えでしょうか

『ああ播磨灘』(ああはりまなだ)は、モーニングに連載されていたさだやす圭原作の相撲を題材とした漫画作品。正式なタイトルは『読むと強くなる横綱漫画 ああ播磨灘』(よむとつよくなるよこづなまんが ああはりまなだ)。TVアニメ化もされた。

敗北や挫折を味わいながら成長するという常套パターンを採らず、主人公は登場した瞬間から横綱。そして一度も負けられない宿命を背負った主人公に、次々強敵が襲いかかる、という、当時すでに古びていたパターンをあえて踏襲。主人公が勝つと判っていてもハラハラさせるのがこのパターンの王道だが、それを逆手にとって、どんどん超人的になっていく主人公と対照的に、ライバル力士たちの人間ドラマを描き込み、むしろ読者は彼ら敵役の側に感情移入してしまうつくりになっている。

内容は現実にはありそうもない破天荒なものだが、格式と伝統を至上とする反面、興行成績に一喜一憂するが故に低迷する、現在の大相撲の問題点を鋭くえぐっている。土俵上の力士の描写など細かいところでの間違いが少なく、相撲ファンからも好評だった。

また、雑誌イブニングにて播磨灘の少年時代を描いた『ああ播磨灘外伝ISAO』(ああはりまなだがいでん イサオ)が連載されていた。

M.A.T.原作、竜崎遼児作画の相撲漫画『雷電王』には、播磨鷹(はりまおう)という豪放な横綱が登場、主人公と死闘を演じた末に敗れる。これを受けて本作の側でも播磨灘が自身の綱を奪ったプロレスのチャンピオンを両腕を破壊し瞬殺するエピソードが描かれた。
【ウィキペディアWikipediaより引用】

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2007年11月30日

まだ兵隊がいた頃のものです。

もうこんな法律は出来ませんよーに!

徴兵令(ちょうへいれい)は1873年(明治6)に制定され、国民の兵役義務を定めた日本の法令。1927年、兵役法に移行した。
明治新政府の軍は、長州(長)・薩摩(薩)・土佐(土)など諸藩の軍の集合で、大村益次郎、西郷隆盛、板垣退助らがそれぞれ指揮しており、政府独自の軍を持たなかった。大村や西郷従道、山県有朋らは早くから四民平等の理念もあり「国民皆兵」の必要性を唱えていたが、政府内にも島津久光を筆頭に前原一誠・桐野利秋ら保守的な反対論者を多数抱えており、また西郷隆盛も「壮兵」といって、中下層士族の立場を考慮した志願兵制度を構想していて徴兵制には消極的であった。そのうち、大村が暗殺された事もあって構想は一旦は挫折する事となった。

明治3年11月13日(1871年1月3日)に山県有朋の構想のもと、徴兵規則(ちょうへいきそく)が制定され、各府藩県より士族・卒・庶人にかかわらず1万石につき5人を徴兵することを定めた。続いて翌明治4年2月13日(1871年4月2日)には、西郷の構想の一部をも取り込む形で三藩(薩摩・長州・土佐)の軍が親兵として編成され、この兵力を背景に同年7月廃藩置県が断行された。

続いて、中央集権体制の近代国家にとって国民軍の創出が必要と認識され、、1872年11月、徴兵告諭が出され、翌年1月の徴兵令に続く。
徴兵令では、満20歳の男子から抽選で3年の兵役(常備軍)とすることを定め、常備軍終了後は後備軍とした。

国民皆兵を理念とはしたが、体格が基準に達しない者[1]や病気の者などは除かれ、また制度の当初、「一家の主人たる者」や「家のあとを継ぐ者」、「嗣子並に承祖の孫」(承継者)、「代人料(270円)を支払った者」[2]、「官省府県の役人、兵学寮生徒、官立学校生徒」、「養家に住む養子」は徴兵免除とされた。このため、徴兵逃れに養子になる者が続出した。この結果、二十歳以上の男子の3%?4%くらいしか徴兵できなかった(もともと政府の財政難により、成人男子全員を徴兵することは到底無理ではあった)。

さらに各地で徴兵令反対の一揆が起こった。徴兵告諭に「血税」という言葉があったためとされ、「血税一揆」と呼ばれた。この一揆、特に岡山県で激しかった。「血税」とは、フランス語の「impôt du sang」の直訳であり、「impôt」が「税」、「sang」が「血」の意である。

「徴兵告諭」の一節:「人たるもの固(もと)より心力を尽し国に報ひざるべからず。西人(西洋人)之を称して血税と云ふ。其生血を以て国に報するの謂なり」
当初は民の抵抗の多かった徴兵制度も、軍人勅諭や教育勅語による国防思想の普及、日清戦争・日露戦争の勝利などを経て、次第に兵役を名誉なことだと考える風潮が高まっていった。創設当初にあった徴兵免除の規定も徐々に縮小・廃止され、1889年に大改正が行われ、ほぼ国民皆兵制となった(ただし、中等学校以上の卒業後に志願したものは現役期間を1年としたり、師範学校を出て教員になったものは現役6週間とするなどの特例があった)。

1927年、徴兵令を全部改正し、兵役法が制定された。
(以上、ウィキペディアより引用)

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